超時空の夜

作家/ちいさな出版社「世瞬舎」代表 

タイムマシン願望について

 昨日の夜も夢を見ました。

 私の故郷は高知なのですが、そちらのほうに私はいて、しかもその景色は、私が生まれるよりもずっと昔と思われたのです。建っているはずの建物が立っていなかったり、まだ鉄筋の躯体だけ(工事中?)だったりしていました。私たちは体育館よりも広いコンクリートの躯体の中で雑魚寝していて、その中のだれかが「ここはなにになるのかな」と言いました。私は知っていたのですが(それが、私が幼いころには建っていたはずの建物だったので)、あえて「おもちゃのハローマックだよ」と言い、みんなを笑わせました。どういうことかというと、まぁハローマックもそれなりに大きい建物ですが、それ以上の大きさだったのです。

 

 夢の中で、たいてい私は、この景色を小説にしたいと思いはじめます。それは

もうくせになっていて、美しい夢ならたいていそうなのでした。

 それで、次の場面になると、なぜか私は高校生になっているのですよね。毎日そうしていたように、自転車でトンネルをくぐっていくのです。

 私は、あれ? もう過去にはもどれないのかな? と不安になり、その辺を歩いている人に聞きそうになったりもしました(^^;

 しかしなんともないので、これは自分でどうにかするしかないと思い、目の前に空があったので、そこに向かって落ちていきました(!)

 落ちていく感じが独特だったので、あ、これはタイムマシンだな、というちょっとした自信もあったのですが。

 ふたたび目が覚めると、なんてことのない、またいつもの部屋の中で、私は残念に思いながら、外に出てみました。そうすると、未来なのか、現代なのか、当時よく駄菓子を買いに行っていた田崎酒店というところの店頭の雑誌コーナーの雑誌が「2022.08」になっていて、あ、これ現代じゃん、となり、今歩いている二車線の狭い道路(旧道と呼んでいました)に、信号みたいなデジタルサイネージがかかっていて、なにかの宣伝を読み込んでいたのですが、こんな人口二十人くらいのとこで宣伝してもしょうがないのでは? と素朴に思ったりもしました。

 

 そんな感じの夢だったのですが、私は昔からやけにその、回帰願望がすごいです。

 タイムマシンが欲しいなぁなんて、だれしも一度は思うかもしれませんが、それに近いものなのかもしれませんし、もっとなんていうか、相当幼いころにもどりたいといったものでもあります。

 そういう願望(?)のような小説を昔書いたことがあったのですが、その子たちは過去にさかのぼっていくんですね。17才が、10才くらいになったり、7才くらいになったりします。

 

 タイムマシンがもしもこの世の中にあったなら、私は小説を書かなくてもよかったのにな、と思ったりもします。なにかこの世の不足を埋めるために、やはり文学はあるのかもしれませんね。

 

 また、その回帰するお話から10年ほどのちに、私は『未来の言葉』という小説を書くことになるのですが、不思議なことに、その子たちはタイムマシンを使って未来に帰ろうとするのですよね。過去ではなく。

 そういうのも、どこか自分の願望がやや、そちらの方向に向かったということなのだと思います。あれほどいやだった大人になり、結婚して子どもも生まれ、かと思えば離婚をして、などなど、なんだかんだありながら人は「やや」変わっていくものなのでしょうね。

 

 なんだかよくわからなかったかと思いますが、そういう話でした。